抗議の仕方や闘い方について
少し前、参政党の街頭演説に対して抗議行動に行く人たちの振る舞いや言葉使いのことがSNSで話題になっていた。
そういえば私も「選挙に出て訴えたい」と言ったらよく「やめとけ」と止められたし、「かっこ悪い」「みっともない」「当選しないのがわかってるなら出ないほうがいい(絶対当選するなら出ていいと思う)」など、いろいろ否定的な意見を言われたりしたなと思い出した。
選挙に出ることも選挙活動もかっこ悪い、みっともないというのは私もそう思うし、言われなくてもわかっている。なぜなら選挙は「課題そのもの」だけでなく、「自分(=要友紀子)」を焦点化させなければいけないし、その時点でもうイタいし、大衆にいかに自分のことを受け入れてもらうかを目指すのが選挙、一人でも多く投票してもらわないといけないので…。そんな姿はまわりからみて切ないと思う。それに今や政治家も政治を目指す候補者も、人々からバカにされるのが仕事となっている(しかし私はまた選挙にも出るつもりだし、選挙に出れなくてもやることはいくらでもある。とにかく与えられた条件で最大限、政治の世界でできる陣地戦をやればいいと思う)。
それに比べて、ヒップホップやラップでかっこいいビートとリリックで人々のバイブスを(言い方w)上げまくるほうがどんなにかっこよくて人々に聞いてもらえて心に刺さるか。「HIPHOPはやめとけ」とか「みっともない」とは言われない。時間があればHIPHOPの動画を観ている私としては、街宣で政党政治や議会制民主主義の枠組み・お題目に応える言葉より、即興ラップの個人の怒りや悲しみ、悔しさの言葉、または、一見はしたない言葉は表現として力もあるアクティビティ、パフォーマンスだと思う。
そういう意味で、参政党への抗議行動をする若者たち、人々のことを、街でのラップバトルのようにみていました。
この抗議の仕方に関する論争があったとき、大事だなと思ったのは、現場に抗議に行く人たちがそれぞれに丁寧な言葉と説得力で説明していたことです。
https://www.youtube.com/watch?v=1tNHvulv6Fs
この動画で難波さんは、「喧嘩が嫌いな人が多いと思う」と言っている。私はそれを聞いてふと、「喧嘩を避ける人は、その代わりにどうしているのか?」ということが気になった。あるいは、「みんな喧嘩しないようにしよう、となったら、その代わりに何がどうなるのだろう?」ということが気になった。これについて考えだすと時間がかかりそうなので、ここでは備忘録として書き留めるに留めます。
選挙に出る人、路上に出て声を上げる人、街で差別を止めようとけんかをする人、SNSで罵倒しあう人について、人それぞれいろんな印象・感想を持っている。しかし、「自分ならそのような表現方法や闘い方を選ばない」という自分の捉え方の意見だけで終わらず、なぜある人はそのような表現方法で声を上げているのかというところまで知る努力や理解、想像や思考が大事だと思う。そして表現する人や行動する人も語りまくっているのは素晴らしいなと思う。
私も、路上や街に出て抗議活動した時いろんなことを言われてきた。そのたびに、「自分の場合はこういうことで行ったよ」、「現場に集まったみんなそれぞれ参加の仕方や姿勢、ノリやスタイルも違うよ」「この見方は誤解だよ」とかSNSでいちいち説明をしてきた。なぜ自分はそれをするのかということを語ることは、そこに集まる人たちも一様ではないということを知らせることにもなる。状況の変化、影響、捉え方、見え方、すべてナマモノで、どこから見るかだ。批判していけないのではないし、批判を全部無視したらいいというのでもない。いいと思った意見は取り入れたらいいし、そう思わなかったら取り入れなければいいだけ。
ところで今月も地方では参政党の議員が増えているので、田舎や地元に帰って参政党の候補者に対抗する人も増えたらいいなと思う。
