私が社会的意識・政治的意識を持つようになった理由

セックスワーカーの活動をするとき、社会的・政治的な意識を持って活動するようになったのはなぜかと聞かれることがあった。

インテリが、モノを言いたがるセックスワーカーをバカにしがたる場面を何度も見てきたからかなと思う。

一番古い記憶としては、1999年の大阪弁護士会のシンポジウムで、今は亡き松井やより氏から「あなたたちは従軍慰安婦の問題とか知らないからセックスワークとか言ってるんでしょう」という意味のことを、仲間たちと一緒にいたとき言われたのが印象に残っている。

いろんな社会問題や歴史や時事問題に詳しくなって、つっこまれた際に正しい受け答えができるようにならなければ、私たちの言うことは聞くに値しないと見做されてしまうんだと、一番最初に植え付けられた体験。
これをどう考えればいいのか、正直、何十年も考えがすっきりしない。
基本的には私の意見はもちろん、モノを言う当事者があまり勉強したり新聞を読まない人であっても、「セックスワーカーの声を聞け」、であるが、現実にはこの社会は能力主義社会、ずっとインテリが求められるし、インテリが物事を動かしたり決めたり、乗っ取ったり、情報搾取したりするのが実状だ。
はしたない言葉で正しいことを言う人と、賢い言葉で正しくないことを言う人とでは、特に近年は、理性的な賢い言葉で言う正しくないことのほうが、社会ではますます受け入れられるようになってきている。

例えば、私が性産業候補として選挙に立候補するとき(という極端な例だが)、出馬記者会見でセックスワーク政策についてだけ訴えても、マスコミからいろんな角度や観点、幅広い関心から質問をされることに準備できていなければならないし、ちゃんと答えられなければ、「性産業候補の受け答えは残念」と思われるだけだ。

これではいつまで経っても、真の民主主義も政治参加も実現はほど遠いと思う。
でも絶対に方法はある。
ニュージーランドのように、政治トピックについて詩でも歌でもダンスでも、政治家や議会に意見表明できるのがいいと思う。理解というのは言語的なものだけではない。

こうした問題をどうしたらいいのかというテーマにずっとこれからも諦めずに取り組みたいと思う。
私を突き動かす根幹のテーマと言っても過言ではない。
私は能力主義フェミニズムが大嫌い。






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